宮澤賢治は、1日4合のお米を食べていた
「お米の需要は毎年約10万トンずつ減っています。そして我々は今後も需要は減っていくと見ています」
農水省の米担当課、まるで古い中学校の校舎のような会議室で、担当者は衝撃的な言葉を口にした。
ただし米の需要が減る理由を聞くと、それは首肯せざるを得ないものだった。
「日本は伝統的にお米中心の食文化を持っていました。しかし最近は選択肢が増えているのです」
筋骨隆々とした勇ましい絵が残る武士たちは、決して肉や魚を中心に食べていたわけでない。彼らの食事は山盛りの米が中心だった。また、宮澤賢治の「雨ニモ負ケズ」を読むと『一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ』とある。「1日に4合」なら賢治は大食漢だったのかと感じるが、当時は味噌や野菜のようなおかずのほうが貴重で値段が高く、米で腹を満たすことが普通だったのだ。
「お米は糖質だけでなくタンパク質もたくさん含んでいて、玄米やそれに近いお米はビタミン類も豊富です。だから日本人はお米を食べて体をつくってきました。しかし今は食生活が豊かになり、肉、魚、野菜、果物など様々な選択肢があります。そこで米は消費量が減ってきたのです」
今「一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜」に戻ることは考えられない。さらに話は続く。
「家庭も変わっています。以前は家族の人数が今より多く、家庭ではみんなが食べるご飯を炊いて、朝ご飯を食べて出かけ、家で晩ご飯を食べました」
お米は“大家族に適した食べ物”という一面があった。炊くのに手間と時間がかかるし、一度にたくさん炊いたほうが旨くなる。
「麺でパッと済ませる、もしくはパンを切って食べるほうが時間はかからないでしょう。しかも家族の人数が少なくなり、それぞれの行動パターンが異なっている今は、そのほうが便利でもあります」
お米を育み、食べる文化は日本人の考え方や文化に大きな影響を及ぼしている。田んぼは引っ越しができず、貴重な水資源は分け合うしかないから、日本人は“和”を尊んできた。水田は水源のかん養、自然環境の保全に大きな役割を果たしている。
ところが、お米の需要は減り続けている。そもそも人口が減っているという大きな問題もある。すなわち、米の需要減は構造的な問題で、監督官庁の努力で何とかなるものではないのだ。
主食用米の需要量の推移。長年右肩下がりだ(農水省「米に関するマンスリーレポート資料編令和3年10月号」より)
米粉のパンが人気化するも……
では「退潮」にある米作りを、国や農水省はいかなる方法で守ろうとしているのか?
「国は米飯給食を推進しています。以前、給食でごはんが出ることは月に数回で、私も『今日はごはんだ』と嬉しく感じたものです(笑)。一方、現代の子供は平均で週に3.5回は米飯の給食を食べています。これは有効でした。若い方たちに限っては、お米の消費量はあまり落ちていないのです」
余談だが“米離れ”の主役は中高年。配偶者が亡くなった、子供が結婚した、といった事情で家族が減ると、途端にご飯を炊く割合が減っていく。
そこで農水省は啓発に力を入れている。
「まず、ご飯は太る、体に悪い、といった間違ったイメージを払拭する必要があり、ホームページでお米の魅力を特集しています(https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/1211/spe1_02.html)」
確かにごはんは炭水化物だが、小麦やトウモロコシのように製粉せず、粒のまま食べることが多い。だからゆっくりと消化・吸収され、血糖値の急激な上昇につながりにくい。これは同時に「腹持ち」がよく、おなかがすきにくいことも意味する。
「また、食べやすい玄米、胚芽米、ギャバ米、といった商品の普及を推進しています。それだけではなくYouTubeに『BUZZMAFF(ばずまふ)』というコンテンツをアップし『ご炊こうチャレンジ』といったお米に関するコンテンツも提供しています」
YouTubeの『BUZZMAFF(ばずまふ)』の「ご炊こうチャレンジ」https://www.maff.go.jp/j/syouan/keikaku/soukatu/itadakimaff.html
チャンネル登録者数は12万人超、なかなかの数字だ。コンテンツは手作りで、農水省の職員が炊飯器で様々なおかずづくりにチャレンジする、といった動画は率直に言って、いわゆる「お役所仕事」の対極にある涙ぐましいものと感じた。ほか、農水省は米粉の普及なども行っている。普段食べているパンを米粉パンにしてみては?という提案だ。これも成功し、米粉の消費量は年々増えている。
だが、米粉の消費量は年間数万トン程度。日本では現在、毎年700万トンの米が消費されているから、全体の数字から見れば影響は限定的だ。
「田んぼが減った」は悪いことではない!?
では、農業の未来はどうなるのか。
日本のお米に関し、農水省が行っている施策は、いわば「民意を受け、生産を調整する」ことだ。そこで同省は、様々な農業者に高く売れる作物への転換を勧めている。
「お米の消費は落ちていますが、小麦や大豆の自給率は低く輸入に頼っています。ほかにも果物、野菜など、高値で売れる作物は様々ありますよね」
高値で売れる作物を育てるのは、いわば農業への「民意の反映」と見ていい。そこで農水省は農業者に対する啓発を行い、また補助金を出すなどし、高く売れる作物に転換するよう支援を行っている。と書けば簡単なようだが、農業者の平均年齢は高く「俺はいまさら米以外つくりたくない」「米がつくれないならやめる」といった方も多い中、作物の転換を進めるためには官民あわせてのたゆまぬ努力が必要だったはずだ。
相対取引価格と⺠間在庫量の推移。米の消費量は減っているが、生産量も減らすことで在庫の量はおおむね横ばい。これが平衡を保っているのは官民合わせての努力の結果なのだ。
すると、「日本の田んぼが1年で5%減った」という衝撃的なデータが、まったく別のものに見えてくる。それは、民意と生産者の意思を合わせていく努力の結果なのだ。
次に同省が力を入れているのが「マッチング」だ
「例えば有名な牛丼チェーンでは、もっちりしたお米でなく、比較的さらっとしたお米を使っています。この店の食感はコシヒカリでは出せないんです。また、コンビニなどのおにぎりも、もっちりしたお米は合いません。ギュッと握ると団子のようになってしまうから、ある程度でほろっとほどけ、かつ、長時間柔らかさが持続するごはんが使われています。
しかし、生産者はコシヒカリのような人気の品種、いわゆる『ブランド米』をつくりたいと考えることが多く、その結果、お米はいっぱいあるのに業務用のお米が足らず、やむを得ず外国産を使っていたこともありました。生産側の意識を変え、消費者が求めるお米を作る必要があるんです。これに関し、農水省はマッチングのイベントなどを行い、啓発に努めています」
ではなぜ、お米が余っている、という報道があるのか。
最後は環境問題と同じ「一人ひとりの意識」
最後に、最新の情報を聞いた。
「実際に、地域によっては一時的に倉庫がお米でいっぱい、といったことが起きました。これは日本国内での流通の難しさがあります。例えば東北でお米が豊作でも、これを九州に持っていくと経費がかさむのです」
どの地域にも『おらが米』がある。九州の人は「ヒノヒカリ」の食感や味がソウルフードになっていて、なかなか北海道の「ゆめぴりか」を食べよう、とはならない。たとえ北海道が大豊作でも。
「これはどの食品も同じです。例えばマグロも、関西などではキハダマグロが好まれ、関東などではメバチマグロの流通が多くなります。野菜類にもその土地の料理に合う作物があります」
ではなぜ「米価が下がる」という報道があるのか。
「現在下がっているのは“概算金”です。農業者はお米を出荷する際、いったん“仮渡金”を受け取ります。これが概算金で、実際の販売価格が決まったあと、農業者は改めて差額を受け取ります。それに、実際、スーパーで売っているお米の価格もそれほど大きくは下がっていないのではないでしょうか。我々はこれに関して、今後の動向に注視していかなければと思っています」
ちなみに現在、日本のお米の生産量は、令和2年度が約723万トンで、需要実績は704万トンと、均衡はとれている。令和3年も、米をその他の作物に変える、主食用米から飼料用米などへの転作に手厚い補助金を出す、といった施策により、主食用米の生産量は抑えられている。とすると、お米を巡る問題は心配することはない、とも言えそうだが……?
「いえ、お米の消費量が減れば、食糧の自給率は低くなっていきます。それを食い止めるためには、やはり、産地は需要に応じた生産・販売に取り組んでいただくことが重要です。そして国民の皆さんには、日本人の体、文化を培ってきた主食であるお米をたくさん食べていただくことが一番だと思っています」
もちろんパスタやパンもお米と同様においしい。しかし、どれを食べるか迷った時「お米を食べれば日本の農業を守れる」という意識があれば、お米の味はよりおいしく感じるはず。結局は環境問題などと同様に、一人ひとりの意識が日本の農業を守ることに繋がるのだ、と感じた取材だった。
「米マッチングフェア」のパンフレット。詳細はhttps://meet.kome-matching.com/へ