米の肌ぬかが肥料に! 山梨県北杜市のSDGs

先日、山梨県北杜市で行われた「名水の里」米食味コンクールin北杜のレポートを書きました。しかしここにはもう一つ、報道すべき取り組みがあったんです。北杜市はあるお米のメーカーと包括連携協定を結び、世界で例を見ない活動を行っていました。今回は、そのリアルな声をレポートします。


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北杜市と東洋ライスの包括連携協定締結式の様子。北杜市ホームページより

「肌ぬか」の再利用は世界初の大発明

この原稿の前半は「こめペディア」らしく、お米の話をさせて下さい。今回は「肌ぬか」の話です。玄米を精米して白米にしても、お米の表面にまだ少しだけぬかが残っています。これが「肌ぬか」。お米を洗うと白く濁ったとぎ汁が出るのは、肌ぬかを洗い流していたのです。

これ、実はかなりのやっかいものでした。肌ぬかは栄養分が豊富なため、とぎ汁は川や海を汚してしまうのです。

これがお米のとぎ汁。とぎ汁が白く濁るのは、お米の表面に「肌ぬか」がついているから。

栄養豊富だからこそ、腐って濁り、ヘドロのように水の底にたまり、時には悪臭を放ちます。しかも、一般的な下水処理場では処理しきれません。沈殿しにくいため、どうしても成分の一部が川や海に流れてしまうのです。

栄養豊富なら何か使い道はないの? とも思います。しかしお米とともに生きてきた日本人の知恵をもってしても、ほとんど使い道はありませんでした。あえて言えば、ごぼう、人参など苦みやえぐみが強い野菜をお米のとぎ汁で下ゆでするとアクが抜ける、といったことくらい。土に撒いても虫が寄ってくるなど肥料にもなりません。

しかし近年、それが使えるようになったのです! きっかけは「BG無洗米」が開発されたことでした。

有史以来今まで、肌ぬかを取る方法は「お米を水で洗う」しかありませんでした。しかしBG無洗米は「肌ぬかで肌ぬかをとる仕組み」だから、肌ぬかだけを分離することができます。

ちなみに、この技術的進化は「肌ぬかが持つ粘着性を利用すること」によってもたらされました。無洗米をつくる機械の中のイメージですが――肌ぬかが付いた米粒が鉄板に当たると、鉄板に肌ぬかがくっつきます。そして、この上から米粒が当たると、肌ぬかと肌ぬかがくっつき、米粒と肌ぬかが分離します。これを繰り返していくと、まるで肌ぬかでできた雪だるまが大きくなっていくかのように肌ぬかだけが集まり、米粒と肌ぬかが分離されていくのです。

肌ぬかは玄米の約1.5%をしめています。活用しなくてはもったいないですよね。

こうして取り除かれた肌ぬかは、少量の水を加えて粒状にし、さらに加熱処理、滅菌処理をすると、優れた有機肥料になります。チッソとリンなどがバランスよく含まれており、しかも、土壌も活性化されます。肌ぬかを餌に微生物が繁殖し、多様な物質をつくり出すのです。微生物は、人にはできない変化をもたらします。甘酒に含まれる糖分がアルコールが様々な芳香成分に変わって日本酒ができるように、土の中の微生物は肌ぬかから様々な有機成分を作るのです。

 

これが「米の精」詳しい情報は東洋ライスのホームページをご覧下さい。

循環型”の上に、作物がおいしく実る!

従来の「エコ」という言葉には、何かを犠牲にして地球を守るイメージがありました。しかし、肌ぬかを肥料にすれば、川や海にとって有害だったものが自然や人間の役に立つようになるのです。

そして山梨県北杜市は、循環型農業を街を挙げて推進するため、この肌ぬかを使った商品「米の精」を生み出した東洋ライスと包括連携協定を結んだ、というわけです。

筆者は、北杜市の農業者であるファーマンの井上能孝さんにお話を伺いました。井上さんは「米の精と出会ったのは2011年頃でした」と話します。

「奈良五條産直組合の方が有機玉ねぎを作っていて、東都生協に出荷されていたんです。私も東都生協に出荷していた関係で、お話をきかせていただきました。その方は私と年齢があまり変わらないのですが、当時の僕らからするとすごく大きな規模で栽培されていたので、どのように玉ねぎを栽培し、保管しているのか、といった話を伺いたかったんですね」

奈良の方は親切に栽培法を教えてくれました。この時、井上さんは「米の精を使うと食味がよくなる」と教わり「有機肥料の中でも特殊なものだから」と、どう栽培に使うかも詳しく教わったと言います。

「話を聞いて、とても面白いと思いました。もちろん、作物は本当に実が大きくつややかになり、味もおいしくなりましたが、それだけではありません。今後は、どんな産業でも、様々なものを循環させていくことが新たな価値を生むはずです。なかでも農業は、古来から様々なものを循環させてきました。鶏や豚の糞が畑にまわってくるように、今“無駄”とされているものは、すべからく価値が高いものに交換できるようになっているはず。それを活かしながら農業を営めることが、非常に面白いと感じたのです」

また「米食味コンクールin北杜」の仕掛け人である北杜市役所の浅川裕介さんも「米の精」に注目します。

「最初に東洋ライスさんに連絡を取ったのは“北杜市のお米が国際的に評価されるようになれば”という思いがあったんです。お米の評価を決める様々な大会で、東洋ライスさんが開発した『味度メーター』が使われていました。そこで『この機械はどんな仕組みで何を測っているんですか?』と伺うためにコンタクトをとったんですね」

『味度メーター』が何を計っているかを教わり、人間が感じる味覚との関連性も高いことなどがわかりましたが、もっと大きな収穫がありました。それが「米の精」。浅川さんが話します。

「山梨県にも、非常に食味がいい『武川米コシヒカリ』『幻のお米 よんぱち米』(農林48号)など、様々なブランド米があります。しかし生産量が少ないため、新潟や北海道の知名度が高いブランド米のような高い評価をもらうためには、エリア全体でどんどん新たな取り組みを行う必要があるんです。その点『米の精』はうってつけでした。有機農業だから安心安全、というだけではありません。最終的にはおいしくなければ評価されませんから、その点でも『米の精』は有望だと感じました」

これからは社会全体が“循環型”に

こんな考えの一致を見て、北杜市は東洋ライスと包括業務協定を結んだのです。下の図をご覧下さい。米の精や、地元の生ゴミや落ち葉が畜産、農業に活かされ、ここから生まれた作物が市民や学校に供給される、という輪ができあがっています。

浅川さんが続けます。

「山梨県の経済は環境に支えられています。例えば農業以外の製造業も綺麗な水があって成り立つものが多く、それらは環境が汚染されれば成り立ちません。しかも、今は“やるべき時”なんです。企業も自治体も、SDGsを掲げ、何かしなければと考えており、これは絶好のチャンスと言えます。周りから「すごいことやってるね」と言われますが、これはまだほんの一歩目なんですよ」

産業革命以来、人間は様々なものを使い捨てにしてきました。しかし人類の歴史の中で、これは「今だけ」のことなのかもしれません。ちなみにファーマン井上農場さんの野菜や山梨県のお米は「道の駅こぶちざわ」で買えますので、一度召し上がってみてはいかがでしょう。
(取材/文 夏目幸明)

「株式会社ファーマン 井上農場」ホームページ
https://www.farman.jp/